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あしあと

    平成26年2月15日号

    • [公開日:2014年8月12日]
    • [更新日:2021年9月1日]
    • ID:150

    「木造十一面観音立像(大浦十一面腹帯観音堂)」

    • 所在地:長浜市西浅井町大浦
    大浦観音堂十一面立像

    腹にサラシの帯を巻くことから「腹帯観音」と称され、子宝・安産祈願の本尊として親しまれています。垂髻(すいけい)の形状や、目を伏せた穏やかな表情、不明瞭ながら浅い衣文線(えもんせん)、奥行の浅い上半身は「定朝様(じょうちょうよう※)」を示していますが、腰回りにやや奥行感を取り戻していることから、平安時代末期(12世紀)の作と考えられます。

    カヤと思われる針葉樹材による一木造(いちぼくづくり)で、木芯を像内に籠め、内刳(うちぐり)をしません。幾重もの干割われと摩滅、膝下の根継(ねつ)ぎは本像の激動の歴史を物語ります。江戸時代中期の僧蓮心の記した勧進状(かんじんじょう)によれば、織田信長の兵火を避けるために一時的に土中に埋められ、90年近く経って霊夢により掘り起こされたといいます。平成17年には盗難事件からも無事お戻りになりました。

    腹帯の刷り物には今でもこの蓮心がつくった版木が用いられています。腹帯観音は度重なる受難を経て力強さとたくましさを増し、現在もなお、子宝に恵まれ無事にお産をしたいと願う世の女性たちを見守り続けています。

    ※仏師定朝(?~1057)がつくった仏像の様式。平安時代後期に大流行し、後世仏像制作の規範となった。

    (『広報ながはま』平成26年2月15日号より)