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平成27年2月1日号

[2015年4月27日]

ID:166

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長浜市指定文化財 名勝「赤田氏庭園」

  • 指定年月日 平成21年3月30日
  • 所在地 太田町
  • 所有者 個人
表門(南側から望む)
庭園(家屋側(北側)から望む)

赤田氏の家伝や近江の地誌類から、赤田家はもともと犬上郡曽我村(現在の多賀町木曽)の土豪で、戦国中期に犬上郡八町(現在の豊郷町八町)に移ったと考えられています。『嶋記録』や『山中文書』によれば、赤田氏は戦国大名浅井氏の家臣として、永禄九年(一五六六)の六角氏との合戦で活躍しました。その時代の当主は信濃守「興」でしたが永禄十一年(一五六八)に戦死し、その子信濃守「賢」は姉川合戦で活躍しています。浅井氏滅亡後、「賢」の次男に当たる勘兵衛は、八島にあった赤田氏「出張り屋敷」(小谷城下の屋敷)から、領地があった草野田村(現在の太田町)へ移住しましたが、この家系が赤田氏庭園の所在する草野赤田氏の始祖と言われています。
庭園は西から東へと緩く傾斜する地形に随って造形され、中央に広く池を穿ち、池の西と南に築山を配しています。築山は、西側は切土による法面を利用して山並みをうねらせ、南側は盛土で築き東西の隅をとくに高くしています。家屋側から見た池は、手前が広く左奧に深く続くが、中程右手側に岬状の突出部を設け、その右奧に入江状の部分を設けるなど、構成に工夫を凝らしています。全体に石組を主体とする池泉で、池中には中島と浮石を配し、庭の南西隅より引かれた水が池右奧に滝となって落ちています。現在は庭に落とす水はこの一箇所だけですが、池の北西隅にも導水路があり、以前はここからも水を注いでいたと言われています。池の水は東南隅の築山と石垣の下を潜る水路から表門側の水路へと排水していますが、この葦葺の表門が庭園に趣を添えています。そして、池に対する母屋前には、露石敷を配し右手には手水鉢を設けています。

庭園の奧に向かって次第に広がる空間構成や、敷地が奧側で狭小な印象となることを回避し、庭園としての広がりを意識させる工夫を見ることができます。

作庭時期および作庭者は不明ですが、江戸初期に赤田氏が社会的に地位が高く、経済的にも裕であったこと、また、江戸初期の庭園の特徴である石組を主体とする構成で、要所に立石を配し、全体のバランスも程良く造作されていることなどから、江戸時代前期の作庭と考えられています。
名勝庭園の多くが寺院の庭であるのに対し、在家の庭として大変貴重です。

位置図

写真上:表門(南側から望む)※表門の左に見える林が庭園
写真下:庭園(家屋側(北側)から望む)※庭園の左奥に表門がある。

(『広報ながはま』平成27年2月1日号より)

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