企画展
「民藝から100年 手仕事の魅力」
      
会期: 令和8年120日(火) から31日(日)まで  
           
 
 大正末期、思想家・柳宗悦(やなぎ・むねよし、1889~1961)によって提唱された「民藝運動」。日常的に使われる丈夫で美しい手仕事の品々を「民衆的工藝」と名付け、新たな価値が見出されました。
 この展覧会では、「民藝」の誕生から100年を記念し、手仕事で作られた暮らしの道具・陶器や磁器・木工・織物などを紹介し、地域の人々の生活に根ざした「美」に触れていただく機会とします。
   

 
   
【主な展示資料】      
 
  
   
 長浜湖東焼 染付花卉に漢詩書付急須
長浜湖東焼 染付花卉に漢詩書付急須 1合
口径4.7㎝底経5.1㎝高7.5㎝ 明治時代 個人蔵


 湖東焼は、江戸時代後期に彦根城下で開窯され、藩の御用窯として多くの名品を生み出したが短期間で廃窯となる。その後、明治3年(1870)、長浜の医師・西村善吾(杏屋、杏園、杏翁とも号す)によって長浜湖東焼が興された。若くして医学を修め、漢方医として身を立てた善吾は、当初は赤絵の絵付けに魅せられ、人々の依頼を受けて絵付けするにしたがい、自家製造へ思い切ったとされる。陶工は、彦根湖東焼山口窯の職人を雇い、自ら絵筆をとった。
 製品に多いのは、花びん、水さし、煎茶茶碗、徳利、盃などで、初期の作品に多いのは赤絵の器、全体的には緻密な筆先を駆使した中国風の絵が多く、藍色がうすい。
 本作は、西洋の水彩画を思わせる華やかな花模様をあしらった絵付作品で、蓋裏に「湖東杏翁製」銘が入る。
        
 

 
常喜椀
明治19年(1886)10客揃 株式会社 渡邊美術工芸蔵

 常喜村(長浜市常喜町)では、江戸時代を通して漆器椀が作られていた。日常使いに最適で、手になじみ、口あたりが良かったことから、明治・大正期にはよく売れたが、昭和初期に衰退したという。現在は、仏壇の漆塗り、曳山漆工品の修復に携わる渡邊美術工芸の職人により復刻された。展示資料は、現存する最古の常喜椀と伝わる。
 

 
銅香炉 角田正信作 1口
5.7㎝×6.7㎝×4.5㎝ 江戸時代~明治時代 個人蔵


 江戸時代中期から明治時代初期にかけ、浅井郡八木浜村(長浜市八木浜町)で数々の傑作鋳物を生んだ「八木庄」こと角田庄兵衛。角田庄兵衛は初代の房信(1683~1757)が京都の鋳物師、三宅芳庵に師事し、鋳物技術を八木浜村に持ち帰り、花瓶、香炉などの仏具を製造したのがはじまり。優れた造形力、精緻、繊細な鋳造技術で知られ、以来、二代目の正民、三代目の芳信、四代目の正信が、歴代「角田庄兵衛」を名乗り数々の傑作を作り続けた。仏具が多く、黒い地肌の中に少し茶褐色をおびて漆のように光る独特の色付けが、八木庄にしか出せない色付けとされている。

 
網織紬
昭和時代 個人蔵


 江戸中期、宝暦年間(1751-64)に始まったとされる網織紬は、使い古した絹の漁網を糸にして織り込む独特の風合いの生地。現在では、国内外の生糸をたて糸に、漁網から分解して作った絹糸をよこ糸にして織り込む。漁網のひげを表面に出す作業に熟練の技を要することから、滋賀県伝統的工芸品指定を受けている。
 

 
 
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