3階展示室_第3回
開催趣旨
 石田三成(1560-1600)は、永禄3年(1560)に近江国坂田郡石田村(長浜市石田町)に当地の土豪・正継(まさつぐ)の子として生まれました。15歳になる頃、当時長浜城主であった羽柴秀吉と出会い仕えることになります。天正11年(1583)、秀吉と柴田勝家が信長亡き後の天下を争った賤ヶ岳の戦いをはじめ秀吉のもとで従軍し、さらに奉行として政務に手腕を振るい頭角を現します。また、九州の島津氏との戦いや小田原城攻めでは兵糧の運搬など兵站(へいたん)で功績を挙げ、検地や刀狩令など政権内の重要な政策を推進しました。
 三成は、文禄4年(1595)東北と美濃を結ぶ要所であった佐和山城主となり、湖北の統治を行いました。慶長3年(1598)に秀吉が没すると、対立を深めた徳川家康と雌雄を決する事になります。
 慶長5年(1600)6月上杉景勝に謀反の疑いがあるという理由で、大坂城に居た家康は会津に兵を進めます。これを機とし三成は挙兵し、7月には家康の家臣であった鳥居元忠が守る伏見城を攻め落城させます。そして、石田三成率いる西軍に対し徳川家康を総大将とする東軍は美濃の関ヶ原で対峙し、9月15日、のちに天下分け目の合戦と呼ばれる関ヶ原の戦いが始まります。戦いは午前のうちに勝敗が決し、敗れた三成は伊吹山に落ち延びます。その後、母方の故郷である古橋村(長浜市木之本町古橋)に逃れますが、同じく近江出身の武将である田中吉政によって捕えられ、京都六条河原にて小西行長、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)ら西軍諸将とともに処刑され、その生涯を終えました。
 三成の出生地である長浜市石田町の小字名は、三成の官職名の「治部少輔(じぶのしょうゆう)」にちなみ「治部」といわれています。長浜を代表する戦国武将・石田三成の生涯と史上有名な関ヶ原合戦を地元に伝わる資料を通じ紹介します。

 
展示資料目録
 
1. 石田三成像 前田幹雄画 絹本著色 1幅 昭和55年(1980) 本館蔵
2. 紅糸素掛威伊予札二枚胴具足(伝石田三成所用) 1領 安土桃山時代 個人蔵
3. 刀 銘真行(伝石田三成所用) 1口 安土桃山時代 本館蔵
4. 石田三成判物 藤林善二郎宛 紙本墨書 1幅 文禄4年(1595)9月9日 個人蔵
5. 佐和山城下絵図 紙本著色 1舗 慶長5年(1600) 本館蔵
6. 関ヶ原陣立図  紙本墨書著色 1舗 江戸時代(中〜後期) 本館蔵
7. 石田三成生捕覚書 紙本墨書 1通 嘉永7年(1854) 本館蔵
8. 関ヶ原合戦絵巻 岸連山画 紙本著色 1巻 江戸時代(後期) 本館蔵
        ほか 
 
□ 主催 長浜市長浜城歴史博物館
□ 会期

2019年9月27日(金)から12月1日(日)

□ 休館日

令和元年9月30日(月)、11月25日(月)

□ 会場 長浜市長浜城歴史博物館3階展示室
□ 開館時間 午前9時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
□ 入館料 【10/1まで】個人一般  400円   小・中学生 200円
    【10/1から】個人一般  410円
  【10/1まで】団体一般  320円   小・中学生 160円
    【10/1から】団体一般  330円
※団体は20名以上
※長浜市・米原市の小・中学生は無料
 
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