3階展示室_第4回
開催趣旨
 天正11年(1583)、織田信長の死後、羽柴秀吉(1537-98)と柴田勝家(?-1583)が天下の覇権を巡り、賤ケ岳にて両軍が激突しました。世にいう賤ケ岳合戦です。合戦の当初は、福井・北庄城を本拠地とする勝家と、当時山崎の地に宝寺城を築き、来たるべき決戦に備えていた秀吉の間で、局地戦が繰り広げられました。天正10年(1582)12月には、秀吉は、当時勝家の甥・勝豊(?-1583)が守る、かつて自らが築いた長浜城を落城させ、岐阜では、勝家と結んだ織田信孝を攻め降伏させています。翌年、2月には勝家派の滝川一益が伊勢にて挙兵。これに呼応し、勝家軍は柳ケ瀬(余呉町)の内中尾山に兵を進めます。伊勢を攻めていた秀吉は、この報を受け引き返し、賤ケ岳一帯に陣を敷きました。山々に砦を築いていた両軍の戦いは膠着しますが、秀吉が、再び挙兵した信孝を攻めるため岐阜・大垣に進軍した隙を突き、4月20日に柴田軍の佐久間盛政(1554-83)が秀吉軍の中川清秀(1542-83)の守る大岩山砦を攻め落とします。秀吉は、すぐに大垣から引き返し、盛政の軍勢を追撃、21日には勝家軍は賤ケ岳から撤退します。24日には、秀吉は勝家の居城・北庄城まで攻め上がり、勝家は自害、秀吉は天下統一へと駒を進めました。のちの天正19年(1591)、秀吉は長浜の町に「町屋敷年貢米三百石」を免除する朱印状を発布しました。この年貢免除は、賤ケ岳の戦いで長浜町衆が秀吉軍に多大な貢献をしたことによるという伝承があります。この話は、後世の創作ですが、長浜町の目と鼻の先で行われ、長浜の人々に非常に大きなインパクトを与えた戦いが賤ケ岳合戦であったといえます。
 
展示資料目録
 
1. 観音堂建立発願文 1巻 元禄13年(1700) 知善院蔵
2. 本朝名将百図 下巻 1巻 江戸時代(後期) 本館蔵
3. 加藤清正像 大久保雪貢画 1幅 江戸時代(後期) 本館蔵
4. 江州伊香郡 賤ヶ嶽記 1冊 天保3年(1832) 本館蔵
5. 賤ケ岳合戦図屏風(左隻) 1隻
(6曲1双のうち)
江戸時代(中期) 本館蔵
        ほか 
 
□ 主催 長浜市長浜城歴史博物館
□ 会期

2020年3月6日(金)から2020年5月25日(月)

□ 会場 長浜市長浜城歴史博物館3階展示室
□ 開館時間 午前9時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
□ 入館料 個人一般  410円   小・中学生 200円
  団体一般  330円   小・中学生 160円
※団体は20名以上
※長浜市・米原市の小・中学生は無料
 
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