長浜市史
長浜市史一覧 ご購入方法 長浜市史をひもといて
長浜市史をひもといて
vol.04 薬袋主計と潤徳安民碑 人びとの暮らしを救った彦根藩の武士
1.中島川をめぐる平方村と宮川村の争い
  現在の長浜市平方町と地福寺町の地域は、江戸時代には共に平方村と称されていました。平方村では、かんがい用水を付近を流れる中島川からの引水に頼っていましたが、この中島川は楞厳院川の支流で、本流の楞厳院川は宮川村(現・長浜市宮司町)や勝村(現・長浜市勝町)などさらに上流のいくつもの村々が利用していたので、渇水時には水の配分をめぐって村同士がたびたび争うことがありました。特に下流である平方村は、上流の村々に対して常に苦心した対応をとってきたのですが、時には当事者間での解決がままならず、訴訟に発展することもありました。
 例えば、文化十四年(1817)に起こったとされる争論では、平方村と宮川村とが中島川の川浚いをめぐって対立したことを発端に、九年間にも及ぶ長期の訴訟となってしまいました。この訴訟で最も難しかったのは、宮川村が彦根藩の領地ではなく、宮川藩堀田家の領地であったことでした。平方村の人びとはより良く水を流すために、楞厳院川から中島川が分かれる分水のある宮川村の領域に踏み込んで川浚え作業を敢行したのですが、ちょうどその場所は宮川藩の陣屋があったため、宮川村側は体面を傷つけられたとして、平方村の作業を阻止してしまったのです。
 京都町奉行所を舞台として繰り広げられたこの裁判では、彦根藩と宮川藩との対決という背景も含みながら、長期化してしまいました。当時、彦根藩は、その領地を北筋(天野川以北の地域)・中筋(天野川と犬上川にはさまれた地域)・南筋(犬上川以南の地域)の三つに分割して、それぞれに筋奉行と代官を置いて、きめの細かい治世を展開していましたが、こうした他領との諍いについても、北筋の奉行や代官が少なからず関与したと見られます。
 そして、長い裁判の結果、事件には中島川への分水地点を宮川藩陣屋前からさらに下流の位置に付け替えるという、ある意味豪快な判決が下されました。その後平方村では、中島川の川浚いの際には彦根藩の役人に立ち会ってもらって作業をするようになったのです。
2.薬袋主計の平方村への恩恵
  さて、裁判は中島川の水を確保したい平方村の人びとにとってはまずまずの決着を見たのですが、九年にも及ぶ訴訟に要した費用は、平方村の人びとに莫大な借金としてのしかかってしまいました。一説には訴訟費用は八千九百両にものぼったとも言われています。この事態に彦根藩では、平方村の村民を山村に移住させてその開発に従事させることで借金の返済を行わせようとしますが、当時彦根藩北筋の代官であった薬袋主計は、慣れない山村生活を平方村の人びとに強いることの不可を説き、むしろ彦根藩の資金を平方村に貸与して、これを少しずつ返済させるという代案を示します。
 彦根藩もこの案を入れて平方村に提示し、平方村の人びともこの案によって返済計画を立てて村人あげての倹約に挑みました。そして天保十四年(1843)の三月十八日をもって、借金を完済することが出来たのだといいます。
 その後平方村の人びとは、村の窮状を救ってくれた薬袋主計への感謝の気持ちを忘れぬため、毎年正月にその肖像画を祀って遺徳をしのぶようになりました。現在でも、この行事は執り行われており、また昭和二年(1927)には中島川の訴訟をめぐる歴史を後世に伝えるため「潤徳安民」と刻まれた石碑も建てられ、人びとの記憶の中に薬袋主計の恩義は受け継がれているのです。
 中島川をめぐる訴訟と薬袋主計の事跡については、『長浜市史』第三巻「町人の時代」のp456からp459までと、『長浜市史』第六巻「祭りと行事」のp420からp421まで、そして『長浜市史』第七巻「地域文化財」のp245をご参照ください。

薬袋主計像
▲薬袋主計像
(平方町・地福寺町蔵)
バックナンバー
vol.01 さくら道と柴田源七
vol.02 能面打ち井関家と七条町足柄神社の春祭
vol.03 永久寺町蛇組の蛇の舞と国友花火陣屋
vol.04 薬袋主計と潤徳安民碑 人びとの暮らしを救った彦根藩の武士
vol.05 長浜の紅葉の名所・後鳥羽神社
vol.06 郡上のあだ討ち 日本で最後となった武士の仇討ち
vol.07 御維新長屋とその後の彦根藩士
vol.08 豊国神社十日戎とえびす講 長浜町衆の秀吉信仰
vol.09 石田三成のふるさと長浜
vol.10 郷里五川と樽番 水の差配をめぐる歴史と民俗
vol.11 長浜の「石」のはなし二題 秀吉の愛した「虎石」と「名犬メタテカイ」の伝説
vol.12 姉川地震 百年前に湖北を襲った大震災
vol.13 小堀遠州と小室藩の盛衰
vol.14 糸の世紀・織りの文化シリーズ1「浜蚊帳」
vol.15 糸の世紀・織りの文化シリーズ2「浜縮緬・その1」
vol.16 糸の世紀・織りの文化シリーズ3「浜縮緬・その2」
vol.17 糸の世紀・織りの文化シリーズ4「湖北の養蚕・その1」
vol.18 糸の世紀・織りの文化シリーズ5「成田思斎の業績(湖北の養蚕・その2)」
(C)2002 Nagahama Castle Historical Museum. All rights reserved.
〒526-0065 滋賀県長浜市公園町10-10
TEL:0749-63-4611 / FAX:0749-63-4613
[email protected]