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古代

古保利古墳群こほりこふんぐん

長浜市高月町西野・熊野・片山・西阿閉地先

賤ヶ岳山頂から山本山にかけて琵琶湖を見下ろす尾根づたいに並ぶ古墳群。これらのたくさんの古墳は、いつごろ、だれのために造られたのだろう。


北から見た古保利古墳群の並ぶ尾根

古保利古墳群は、びわ湖の最北端、塩津湾に面する低く細長い山上にある大規模な古墳群である。ちなみに 「古保利こほり」という名称は旧古保利村から名付けられている。

古墳の総数は現在132基で、古墳時代初頭(1800年前)~終末期(1400年前)に造られたものと推定される。
約3kmにわたって自然地形にしたがって列状に南北方向に並んでいること、琵琶湖に直面する山上に立地すること、長きにわたって造り続けられていることに特色がある。
さらに前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳といった基本的な形の古墳が全て揃っているのだ。特に有力(首長)墓と考えられる前方後円墳・前方後方墳が現状で各8基、計16基も含まれている。 古墳の中で最も少ない形の前方後方墳が多い点も大きな特徴である。円墳と方墳はそれぞれ79基・37基確認されている。

また、この古墳群周辺には前方後方墳大森・姫塚古墳、前方後円墳若宮山古墳、石棺が納められた松尾宮山1号墳など有力な古墳がある。 つまり、古墳時代(1800年前~1400年前)のそれぞれの時期の様々な形をした有力な古墳が集中し、あたかも「古墳の野外博物館」のような地域なのである。

教科書との関連

  • 中学社会「歴史的分野」(日本文教出版)30頁《第2編「古代までの日本」 ③日本の古代国家の形成 1ヤマト王権と渡来人》

参考資料

  • 「広報ながはま」平成23年5月1日号

(『広報ながはま』平成23年5月1日号より)