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    長浜市生涯学習課文化財保護室の取り組み-文化的景観-

    • [公開日:2017年6月16日]
    • [更新日:2023年12月1日]
    • ID:228

    重要文化的景観「菅浦の湖岸集落景観」の選定(平成26年10月6日付け)

    奥琵琶湖、葛籠尾(つづらお)崎の西側に広がる長浜市西浅井町菅浦の湖岸集落景観が、平成26年10月6日付け文部科学省告示第148号で国の重要文化的景観に選定されました。

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    随筆家白洲正子さんの「かくれ里」(新潮社1971年)にも紹介され、奥琵琶湖の隠れ里ともいわれる「菅浦」は、琵琶湖と険しい山々とに囲まれ、周囲とやや隔絶したその地理的環境から、独自の歴史と文化を育んできました。
    中世には、「惣(そう)」といわれる自治的村落を全国的にもいち早く形成し、住民自らによる自治が発達してきました。また、早くから警察・軍事が行われ、罪を犯した者を裁くこともしていました。また、集落の東西には、「四足門」と呼ばれる門が残されおり、村の内外を明確に分けるために建てられた標識です。人の出入りを厳しくチェックし村の安全を守っていた名残を示す貴重な建造物です。特に鎌倉-江戸時代の動向を記す「菅浦文書」(国指定重要文化財)などは、集落構造や村おきてなどを伝える貴重な史料となっています。

    西の四足門をくぐると、かつてこの地に隠れ住んでいたと伝えられる淳仁天皇を祀る須賀神社があります。本社は清浄が保たれ、村では手水舎より先は裸足で参拝するしきたりとなっています。
    祭りも、スガの春祭りのために多くの人が帰省し、いまでも独特の伝統を色濃く受けついでいます。また、集落内には石積みの施された細い道がめぐり、伝統的な建築様式の家屋や土蔵が建ち並んでいます。

    菅浦のくらしについては、漁業や稲作はもちろんのこと、林業や果樹栽培も行っています。明治以降はタバコ、養蚕、そして戦後は、ヤンマーの家庭工場が多数建てられ菅浦の生計を支えてきたように、人々は、世の中の情勢を機敏に把握し、限られた環境を巧みに利用して暮らしてきました。その生業や暮らしぶりが菅浦の景観を特徴づけています。

    菅浦写真1
    菅浦写真2
    菅浦写真3
    菅浦写真4
    菅浦写真5
    菅浦写真6
    菅浦写真7
    菅浦写真8
    菅浦写真9
    菅浦写真10
    菅浦写真11
    菅浦写真12

    文化的景観-菅浦(すがうら)の湖岸集落景観-

    1.目的

    文化的景観は「地域における人々の生活または生業および当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活または生業の理解のため欠くことのできないもの」(文化財保護法第2条)を言います。この文化的景観の中で、特に重要なものについて重要文化的景観に選定され保護措置が講じられます。

    長浜市西浅井町葛籠尾崎を中心とする奥琵琶湖周辺は、優れた文化的景観がよく残されています。特に、菅浦地区(写真上)の須賀神社に伝わる「菅浦文書」(重要文化財)からは、集落の成り立ちや仕組みなど、中世からの歴史を詳しく知ることができます。また、集落の入り口にある四足門(しそくもん・写真中)や須賀神社、石垣などはその景観を現在に伝えています。

    長浜市では、長い歴史の中で人々によって育まれてきた自然豊で優れた菅浦地域の文化的景観を保存し、後世に伝えるため総合的な調査を行います。今後、文化的景観を保存しどのように保護するかを計画する上で重要な調査です。

    菅浦全景

    2.内容

    1. 自然的特性、歴史的特性、生活・生業上の特性などの観点から文化的景観の価値を明らかにするため総合的な調査を行います。
    2. 自然や歴史等の専門家と地域の方からなる委員会を設置し、文化的景観の保存について検討を行います。
    3. 調査後、その成果をもとに文化的景観の保護を進めます。
    四足門

    3.効果

    1. 地域の文化的景観を保護し地域づくりに活用することができます。
    2. 文化的景観の価値を見いだすことができます。
    3. 文化的景観の保護措置についての計画を立てることができます。
    スガの祭